【時代】 安土桃山時代 – 江戸時代初期
【生誕】 天正13年(1585年)
【死没】 元和4年3月10日(1618年4月5日)
【別名】 通称:熊蔵
【官位】 従五位下、右馬助、筑後守
【主君】 徳川家康→秀忠
【藩】 武蔵小室藩主
【氏族】 伊奈氏

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概要 (説明はWikipediaより)

安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。

武蔵小室藩第2代藩主。

関東代官。

天正13年(1585年)、徳川氏の家臣・伊奈忠次の嫡男として誕生。

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父に従って徳川家康の下で奉行職に就いていた。

関ヶ原の戦いやその前哨戦である会津征伐などに従軍、主に小荷駄奉行などの後方支援などに従事したようである。

家康が江戸に入ると父と共に検地や新田開発、河川改修に携わり、慶長15年(1610年)に父・忠次が死去すると、遺領を相続し関東代官職を継いだ。

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その後も大坂の陣に従軍。

冬の陣では外堀を埋め立てる際に普請奉行を務め、長柄川を堰き止める作業などに才を発揮、また夏の陣では首級を30挙げるなど活躍した。

元和4年(1618年)、死去。

享年34。

所領・家督は幼少の嫡男・忠勝が、関東代官職は弟の忠治がそれぞれ継いだ。

「日本一小さな東照宮」として知られる千葉県船橋市の船橋東照宮は、家康の命を受けた忠政が建立したものと伝わる。

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